東京高等裁判所 昭和54年(行コ)106号 判決 1980年11月18日
東京都杉並区荻窪一丁目二八番七号
控訴人
上月一男
右訴訟代理人弁護士
谷口茂栄
東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号
被控訴人
荻窪税務署長
瀧口良光
右指定代理人
都築弘
同
佐藤恭一
同
三好毅
同
林広志
右当事者間の所得税更正処分無効確認等請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人は、主文一項同旨の判決を求めた。
当事者の主張及び証拠の関係は、控訴人が「一 所得税更正処分無効確認訴訟には、行政事件訴訟法(以下「行訴法」と略称)三六条は適用されるべきではない。本件の如き所得税更正処分及び再更正処分は、いずれも官吏が公権力の行使としてなす行政処分であるから、いわゆる行政処分の公定力たる効力を有する処分である。それゆえ右各処分は、行政訴訟上取消しの対象となるもので、右取消しの訴訟によつて取り消されるまでは処分の内容たる効力を一般国民に対し有するものである。右は抗告訴訟のうち処分の取消しを求める場合だけに限るものではなく、行政処分に重大明白な瑕疵ありとして処分の無効確認を求める訴訟が提起できる場合についても同様に解すべきもので、一度なされた更正処分は無効確認訴訟で無効が確認されるまで一応の効力を保持するものと解するのが相当である。それゆえ本件更正処分自体が無効として直接排除されない限り、不当利得返還請求訴訟で勝訴判決を得ることはできない。また、もし行政処分の無効確認訴訟においては、常に公定力の問題は起こり得ないとすれば、所得税の更正処分のような極めて技術的で複雑な行政処分は、それを無効とする判決がなされない限り、一般国民並びに関係行政官庁もこれを有効として取り扱うことになる実情と合わぬこととなり、かつ、問題が生じるごとにいちいち国との間に私法上の訴えを起こし、裁判所により、前提たる行政処分の有効、無効が各別に判断されなければならず、手続の無駄を免れぬであろう。それゆえ少なくとも税務関係の無効訴訟については、行訴法三六条の適用は差し控えるべきである。二 本件訴訟の経過から見て少なくとも本件については、行訴法三六条は適用されるべきでない。本件無効確認の訴えは昭和四九年中に提起され、形式的には適法なものとして当事者双方の実質的主張がなされて来た。ところが控訴人が昭和五四年二月に至り本件更正処分に係る滞納税金額を被控訴人に全額支払つたため、被控訴人はここに行訴法三六条により控訴人の当事者適格を否定する主張を初めて行つたのである。しかし控訴人が右滞納税金を支払つたのは、決して被控訴人の本件更正処分の正当性を認めて追認的に支払つたのではなく、右更正処分に基づき被控訴人が控訴人所有の不動産を差し押え、控訴人に右不動産を利用する道が閉ざされたためである。控訴人はやむを得ず、右差押えの解除を受ける必要から一応滞納とされた税金額を支払う措置を講じたに過ぎない。控訴人が本件滞納税金額を支払つたのは、無効確認訴訟のための主張や証拠の申出を尽くした後であり、その段階で不当利得返還請求の訴えに切りかえるためには、新たな訴状提出や当事者変更の申立てをする必要があり、手続はさらに遅延、複雑化することは明らかである。これに反し、前提の更正処分の無効事由につき直ちに審理され、仮に無効が確認されたならば、被控訴人は、行政官庁であるから不当な更正処分に基づき収納した税金額は進んで任意に返還する措置に出るであろう。この点は、税関係以外の行政処分の無効であれば、無効の結果発生する他の訴えが私人間の訴訟となる場合と趣を異にするところである。とにかく本件の如き訴訟の推移においては、行訴法三六条により控訴人の当事者適格が否定されるべきではない。」と述べ、被控訴人が「控訴人の右主張を争う。」と述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
当裁判所も、控訴人の本件訴えは不適法であつて却下を免れないものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人の当審での一の主張について
一般に、無効な行政処分についてはいわゆる公定力は認められず、何人も、裁判所において当該行政処分の取消し又は無効確認の判決を得るまでもなく、当該行政処分の無効を主張することができるものである。そして、このことは、所得税の税額の更正のように技術的で複雑な行政処分であつても、それが無効なものである限り、異なるところはない。それゆえ、右と反対の前提に立つて、所得税更正処分無効確認訴訟には行訴法三六条は適用されるべきでない、あるいは、その適用を差し控えるべきである、という控訴人の当審での一の主張は採用できない。
二 控訴人の当審での二の主張について
控訴人は、本件訴訟の推移及び訴訟進行中やむをえず滞納税額を納付するに至つた経緯にかんがみて、控訴人に本件無効確認の訴えの原告適格を認めることが訴訟経済に適する旨並びに本件各課税処分の無効確認が得られるならば、被控訴人は進んで任意に過誤納金を還付することが期待される旨主張し、少なくとも本件には行訴法三六条を適用すべきでないという。しかしながら、元来、訴訟経済の問題は当事者適格の問題とは別個であるのみならず、行訴法三六条の規定は、無効等確認の訴えの原告適格につき特に厳格な要件を設け、右訴えを予防的又は補充的手段としてのみ認める趣旨のものと解されるので、課税処分を受けていまだ当該課税処分にかかる税額を納付していなかつた者が、右課税処分の無効確認を求める訴を提起した後、右課税処分による税額を納付したときも亦、右の者は、原判決理由二(原判決書二一枚目表二行目から同裏四行目まで)に説示するところにより、右訴えの原告適格を失うものと解するのが相当であり、したがつて本件訴訟の推移及び滞納税額を納付した経緯がたとえ控訴人主張のとおりであつたとしても、控訴人の右主張を容れることはできないと考える。
よつて原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、行訴法七条に基づき民事訴訟法三八四条一項の例によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担については、行訴法七条に基づく民事訴訟法九五条、八九条の例により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林信一 裁判官 宮崎富哉 裁判官 石井健吾)